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♪HAPPY DOG♪

2011-04-30

ブログを1週間休み…ご心配おかけしました。すみません (>_<)
実は…姉の愛犬であり、わたしの最愛のわんこのミントが、、25日お星様になりまして…
昨日葬儀を終え、やっと落ち着いたので、今日はそのことと、ミントとの思い出を綴ろうと
思います。

数週間前から、ミントの具合が悪いことは聞いており、その後も姉から何度か電話をもらい、
容態を聞いていたのですが…
先週の金曜、最後まで病院は変えないと言っていた姉から、悲鳴を上げて苦しむミントを
もう見てはおれず、なんとかしてあげたいとのことで、別の病院に行きたいと相談を受け、
わたしはちょしを最後に連れていった病院に行くことを勧めました。

土曜日、甥っ子が運転する車で、姉と姪っ子と、4人で病院に行き、いちこばぁちゃんにも
付き合ってもらいました。
(病院は、いちこばぁちゃんチのコが普段利用している病院なのです。)
重度の貧血と呼吸困難で、血液検査とエコー検査以外はできませんでしたが、
その結果から、たぶん「血栓肉腫」という癌だろうと、そしてもういつ逝ってもおかしく
ない状態だと言われました。
輸血という手段があるけれど、体内での出血は止められないので、また同じ症状になるため、
それは一時良くなるだけのもの。
また同じように苦しむのなら、姉は「安楽死」も考えていました。
もう長さは問わない、何よりもミントが苦しまないことを姉は願っていました。
そう…わたしがちょしに下した決断と一緒でした。
わたしがちょしを連れてこの病院に来たのは、3年前の4月20日。
奇しくも、ミントを連れてったこの日は、3年後のその3日後の、4月23日でした。

通っていた病院でも長くはないと言われていたそうなのですが、ハッキリと言われた
ショックから、姪っ子はその場で過呼吸で倒れてしまいました。
症状が落ち着くまで、30分以上病院で寝かせてもらい、甥っ子が仕事に行ってしまったので、
甥っ子が戻るまで、病院にも付き合ってくれたいちこばぁちゃんチで休ませてもらうことに
しました。

甥っ子が戻るというので、再び病院へ。
輸血はせず、でも苦します、自然なまま逝かせてあげたい…
姉の要望から、先生は睡眠効果のある、精神安定剤をくれました。
これは決して「安楽死」ではありませんが、ミントのいまの状態から、この薬を飲ませることで
そのまま意識がなくなってしまうかもしれない(=死)とのことでした。

家に無事着き、呼吸もちょっとだけ落ち着いていたのですが、一瞬悲鳴をあげ、また苦しそうに
呼吸困難に陥るミント。
薬を飲ませようということになり、まだ意識はあったので、わたしが買ってきたオヤツをあげると
横になりながらも、必死に呼吸する中クチを動かし、オヤツを食べてくれました。
そして薬をあげて…しばらくすると、激しい呼吸は収まりました。
でも「グッグッ」と、呼吸困難には変わりありませんでした。
泊まりたかったのだけれど、いちこのことがあるので、その日は終電で帰りました。

翌日、再び姉の家へ。
ミントの容態は変わらず、でもわたしが来たのがわかったのか、近づくと息が荒くなりました。
その後も姉のことを目で追ったりしていましたが、夜になり、確実に意識がなくなってきている
のがわかりました。
この日も終電までいたのですが、わたしが帰る頃には、ミントのその顔つきから旅立ちが
間近であることを、間違いなく感じました。

そして25日の朝。
姉が仕事に行くのを見送ってから、姪っ子と姪っ子の彼氏に見守られ、ミントは旅立ちました。
わたしは会社帰りに姉の家へ行きました。
姪っ子には、旅立ったら死後硬直がすぐ始まるので、目を閉じるように再三言っていたので、
それを実行してくれており、ミントは綺麗にオメメを閉じて、まるで眠っているかのようでした。
姉の希望で、わたしや友達が来れる29日に葬儀を行いたいとのことで、それまでの3日間は
ミントの体が悪くならないよう、保冷剤やドライアイスで必死に冷やしました。
葬儀までの間、姉とは電話でミントの話をいっぱいしました。

葬儀の前日、木曜日はミントのこの世での姿と過ごす最後に夜になるので、いちこが来てから
初めての外泊。終電で姉の家に泊まりにいきました。
(いちこは軽い暴動(?)を起こした形跡がありましたが、大丈夫でした!)
そして昨日、ミントの体は天に登りました。
とても晴れた気持ちのいい日で、空には天国への階段のように、雲の切れ間から数本の光が
射していました。

歳をとっても可愛さ変わらず♪

去年の8月。わたしが最後に撮ったミント

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